介護での財政崩壊は目前。統括する仕組みと、仕事へのやり甲斐が必要。

そのうち使って欲しい(おすすめ・習熟・学習)

2017年4月2日の日曜討論のテーマは介護だった。

介護の分野は、はっきり言ってカオスだ。

きちんと整理しないと、本当に未来はない。

結論としては、ちゃんとエリートを養成して、ある程度現場に対する影響力を行使させる必要がある。

加えて、各施設を厳格な指標で、ランキング化序列化する必要がある。

という、さも現場を見てきたかのような妄想を綴ります。あくまで妄想であり、実際の現場とは関係ないですよ。関係ないったらないですよ。

届かない現場の声

介護の現場の様子は、実際に働いてみるとその問題点が非常によくわかる。

まず、普通の企業と違って、成果に対して金銭的な報酬が発生しないことが大きな問題なのは間違いない。

情熱を持って、現場で奮闘している人が、「この人めんどくさいな」と同僚から思われたりする。

それは、「その人が収益に関わらない、不必要なことをやっている」ようにみなされるからだ。

この問題は非常に根深い。

利用者のために頑張ってその人が自分の生活資源をうまく活用して、生活行為を成り立たせることを支援することで、得られる報酬がほぼほぼないからであり、施設の中に施設利用者や患者を抱えておくだけで報酬が支払われる今の仕組みに大きな問題がある。

そうして、やる気のある人が、挫折感を味わって辞めていく。

後に残るのは、治療やケアや、リハビリテーションに対して真摯な訳ではなく、企業の利益を最適化することや、いかに楽してお金をもらうかを考える人ばかりということになる。

人材が豊富で、競争が激しい都市部は別としても、田舎であれば、意識の高い病院や本当に評判の良い一部の施設を除いてどこもそんな感じの似たり寄ったりだったりする。

顧客である利用者の利益が、雑に扱われている。

こんなに顧客がないがしろにされる業界は、悪徳金融などを除いておそらく他にはない。

必要な対策

現場において、利用者にとって望ましい行動をとることができる人間を、もっと評価する評価システムの構築が急務であると思う。

介護において、人材が集まらないのは、何も仕事がきついからだけではない。

働いているうちに、顧客のために頑張っていると、白い眼で見られるような空気があるからというのがその大きな理由だと思う。

介護の業界に人材が根付かないのは、やりがいが奪われやすいからだ。

やりがいがなければ、お金で労働者を囲うしかないが、その財源は国のお金であり、そんなお金は国にはない。

お金がなんとかできないのであれば、やりがいや結果を出しやすい環境をしっかりとマネジメントして、「こういうやり方や顧客への貢献がベストですよ」と、国がしっかりとモデルを示す必要がある。

介護の現場の人間の絶対数は、まず間違いなく現在も足りない。

今後は、顧客の数が増えるから、今後ますます足りなくなる。

限られた人材を有効活用するためには、現場の人間が動きやすいようにマネジメントできる人材の存在こそが重要で、そこが人事権への影響力を持っていることがとても大切だと思う。

国は、そういう専門性と権力を任せることのできる人間をきちんと育成しなければならない。

本来であれば、医療の枠組みであれば、医者が担うポジションだし、施設であれば施設のオーナーが責任を持ってやり遂げなければならない仕事である。

しかし、現状そうなっていないことを考えると、そういう仕事をする人間をきちんと作っていかないといけない。

例えば、その評価者が評価する人間が結果を出せば、その人自身の評価も上がるような仕組みにしておけば、きっと世の中うまく回る。

現場で結果をだした人間が今度は、評価する側に回るような仕組みも取り入れたらいいかもしれない。

とにかく人手が不足しているんだから、なんとかうまく回す方法を考えないといけない。

学校で何年間もかけて、お金もかけて教育するよりも、介護は現場力がものを言う。

その現場力を、普段の業務を通して、教育できるようなエリートが必要だ。

現場の教育力不足

まず、企業には教育を行う時間も、余裕もないことが問題だ。

本来であれば、どんなキャリアの人間であっても、同じ方向を向いて働けるように、企業や会社はサポートしてあげないといけない。

しかしながら、

「即戦力」

という言葉が叫ばれるようになって久しい。

その気概を持って、新入社員に頑張ってもらうのは構わないけれど、じゃあそれなりの待遇をきちんと会社の方も用意しないといけない。

その会社に対して、良い感情を抱かない人間は去っていく。

そうして、実際、介護にせっかく関わった人間が、心を折って辞めていく。

会社がその人の人生に真摯に関わる態度を示せるかどうかが、その後その人が会社に忠義を尽くしてもいいと思えるかどうかに大きく関わるのは、すべての会社においてそうだし、介護の世界も変わらない。

もしも、エリート養成システムが導入できれば、こうした教育不足が多少補えるのではないかと思う。

とにかく、介護の世界も、主たる顧客の疾患が認知症であることから、様々なことを勉強することが求められる。

そうした知識や背景を、現場の現場の人間に伝え導くような存在が圧倒的に不足していると感じる。

介護職における詐欺師

きちんとした知識や方法論に基づいて、丁寧に介護を行えば、様々な問題は多少軽減する。

一方で、そうした丁寧さは現状ほぼ評価されない。

評価されないのにやり続けることができる人間は、現場を見ていて、間違いなく少数派と言わざるを得ない。

やり方が間違っていれば、どれだけ相手のことを思って一生懸命やったところで、結果には繋がらないし、むしろマイナスの影響をもたらすことになる。

介護をうたいながら、お金をもらって、顧客に害をなす人間は詐欺師と呼んでも良いのではないだろうか。

そう言う詐欺師は世の中にきっとたくさんいるが、施設の中は密室なので、その場で働いたことのある人間にしかわからない。

施設としては、介護の人材はそもそも足りていないので、そう言う人間でも雇用し続けるしかない。

そうして、問題を放置し続けることによって、介護の現場では虐待が絶えなくなっていく。

虐待は、する人本人の人格的な問題だけではなく、その背景に本来解決されていなくてはならない様々な問題があり、それがたまたま虐待という形で表出したと考えるべきだろう。

だから、一人が虐待を行う施設では、そういう雰囲気があると思って良いし、虐待以外にもなんらかの問題が潜んでいると考えるべきだと思う。

介護者自身のためにも、顧客満足度を大切に

普通の業態であれば、顧客からのフィードバックがある。

しかし、介護の業界では、介護を受ける人がそれをうまく伝えられない。

そう言う不均衡の元で、なんでもありになってしまってやしないだろうか?

介護を行う側の人間が、介護される人を傷つけるとき、それは自分自身を大切にしていないということになる。

自分自身に対して、「自分が介護される側の人間になったら、自分もそうされても仕方ない」という強い負のメッセージを発していることになる。

そんなことでメンタルヘルスが保てるはずは無し、ましてや自分自身の人生を大切にすることなんてできやしないだろう。

お客さんが真に喜んでくれるようなサービスを提供することは、自分自身の人生を大切にすることに直結するという事実を、もっと多くの人が噛みしめる必要がある。

この記事のまとめ

全ての仕事に当てはまる教訓として、お客さんを大切にできない仕事にやりがいはないということが言える。それは、企業でも個人でも同じことだ。

介護報酬が国から出ている以上、施設は国や制度の方を向く。顧客をないがしろにしてでも、制度に合わせようとする。しかし、顧客のために頑張っている施設が評価されない限り、国が望むような結果は得られない。

実際問題として、国としてどのような方向性で、介護を成立させたいと考えているのかを具体的に指標化して、評価する仕組みを整えることが必要だ。

そうして、実際に介護を行う現場の人間が自分の仕事にやりがいを感じることができるような仕組みを整えない限り、介護者も顧客も、家族をはじめとしたその周囲の人間も、ひいては社会全体が不幸になることは間違いない。

より多くの人が、自分のこととして関心を持ち、なんらかの評価制度が早期に導入されることを望む。

まずは、自分の選挙区の国会議員に対して、メールや電話などで働きかけを行い、議員立法などを促していくことが必要だと思います。


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