日常にいくらでもある小さな幸せを拾っていこう

すぐに役立つ(ライフハック・実践・知識)

友達に鬱だった人がいるので、こんな記事を書いて見ます。

認知行動療法という概念がはやっているんですよねー、精神に関するいろんな分野で。

その友人も受けてましたよ、認知行動療法。

ところが、そんなん考えてみりゃ当たり前っていう概念に名前をつけただけなんですな。

要するに、例えば、

昔から言われていたような

大好きな飲み物が半分入ってるコップを見て

「あと半分しかない」

と考えるか

「あと半分もある」

と考えるか。

本質的にはそういう話なんですよね。

それを、病院なんかの治療の手段として使うために、きっちりとした言葉で定義づけしたに過ぎないわけです。

 

根源的には、理性的な部分もありながらも、それよりも直感的だったり、自分のなまの感じ方やら捉え方やらそういったものが、むき出し担っている必要があるというか、そういう自分ときっちり向き合っていくためのものだと思っていて、変に理性的すぎると結局今の自分を過剰に守りすぎるようになってしまって、変わるためのツールが十分に活用できないという残念な事態にもなり得ると思うんです。

 

 

認知行動療法というのは、行動を変えるか、捉え方を変えるか、で双方向的にアプローチをするってそれだけなんですが、やっぱりこうやって言葉にすると難しい。

 

ストレス社会だの何だの言われて久しいですが、要するに向いてない仕事を何でか知らないけれどやりたい仕事だと思って、やっちゃうことに問題があるとしか思えないんです。

結構農業とかものづくりが向いてるだろーなーこの人、って人がホワイトカラーの仕事にしがみついてるのを見ると何だかがっくしきてしまうんですけれど、まあその話は今はどうでもいいです。

 

とにかく、認知行動療法的には、捉え方を変えると、行動が変わるはずなんですよね。

すると自分の気持ちも変わってくると。

ストレスかかってるのに自分の生き方というか行動様式が変えられないという、そういう日本人が結構多いと思うので、できることといえば自分の捉え方を変えることだけ。

だから、そこにフォーカスして認知行動療法をざっくり表すと、以下のようになると思う。

「小さな幸せを拾っていこう」

っと。

 

自分がどんなことが嬉しいと感じるのか。

どんなことを期待しているのか。

とか、そういうことはおいおい余裕を見ながらやったらいいから、とりあえず、小さな「嬉しい」「よかった」に気づく努力をするべきなんですよね。

そうすれば、自分の価値に気がつけたり、自分自信の心の余裕というのがちょっと増えてくるので。

 

お腹が空いてたら、「ご飯を美味しく食べれるぜ」

お腹がいっぱいなら、「ご飯が食べれるって幸せなことだな」

とか結局、本質的には上記のコップの飲み物問題に帰着できる話題が、人生の中にはあまりに多くて、それをけっこうスルーしがちな現代社会だと思うんですけれど、それの何もかもをスルーしちゃったらダメです。

一見それに取り合うことはめんどくさくて無意味なことのように思えるかもしれません。

しかし、その時々できちんと自分が「良い」と思える体験をどの程度普段から積み重ねているかで、ある時点の自分の人生の幸福感ってのは大きく左右されるんです。

その時点で、とても幸せっていうよりも、それまでの小さな幸せの総和だったり、これからの人生の期待値だったりというものが加味されての今現在の自分の人生の幸福感ということになると思います。

 

だからこそ、自分の人生のいろんな出来事の中に自分できちんと幸せだなあと思えることを見つけていくこと。

これがきわめて大切なんじゃあないでしょうか。

 

正直自分で、自分の命を絶つ人のほとんどは、結局そういう習慣がないんだろうなーと思います。

発想が貧困だし、極端だし、打たれ弱いということが言えると思います。

それは別に悪いことじゃあないですけれど、幸せかどうかと問えばどうなんでしょうね。

やっぱり、育ち方やら育て方やら、その他の諸々が関係している以上に、本人の世界の捉え方が脆弱なことに由来するんじゃなあいかという気がしています。

 

ということで、結局認知行動療法という言葉に戻るとするならば、人間の認知機能が一朝一夕で量的にパフォーマンスが急上昇することはあり得ませんので、それから、行動のキャパシティが急激に変化することもありえませんので、だったらやっぱり質的なところをちょっとずつ変えていくことが大切で、その源となる、毎日の幸せ探しっていうのはとてもとても大切なことだろうなあと思うのですがいかがでしょうか。

 

小さな幸せなんて日常にいくらでもあるんですよ。

そういういくらでもあるはずのものにきっちりと目を向ける勇気を持つことと、自分の考え方と行動に責任を持とうとする意思を持つことを継続するべきです。

その積み重ねが、理性を鍛えることにもつながり、ひいては自分の人生の質を向上させていくことにも繋がっていきます。

 

このことを、別にこどばじゃなくてもいいから、実際の行動で示してみるでもいいから、教えられる親や周囲の大人が一体どれほど今の世の中にいるかといえば、甚だ疑問であると言わざるを得ません。

だから若い世代は元気がないし、社会全体が鬱々とした雰囲気が、楽しげなニュースの間から滲み出ていくんだろうなあという気がしているのですが、いかがでしょうか。

 

人生は本来楽しいことだらけなんですけどね。

結局はやっぱり捉え方の問題ということになるんですけれど、今までスルーしていたはずの素晴らしいものにどれだけ目を向けることができて、小さな幸せを拾うことができるかにかかっているのだろうなともうので、どんな世の中でもいきていかなきゃいけないので、お互い大変だとは存じておりますが、自分の心の状態もイシキしながら、小さな幸せを大切にして行っていただきたいなあと思います。

 

そうしたら、世の中がもう少しだけ、明るくなるんじゃあなかろうかと思ってます。


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